北原 理作

 エゾシカに出会ってから10年経ちました。自ら研究を始めて8年目になります。エゾシカの研究を通じて、エゾシカからいろいろなことを学びました。さらにエゾシカを含む北海道の自然から、多くの感動と知恵を享受しました。 でも、「エゾシカありがとう、いつまでもお元気で」というわけにはいかないということは御承知の通りです。
 私のエゾシカ研究の内容は、主に食性、採食行動、植物と動物の関係です。その延長上に被害の問題、保護管理があります。過去最も労を費やした研究課題は樹皮食いに関するものでした。調査地は阿寒、知床国立公園、特に阿寒湖周辺です。最初は何となく漠然と調査をしていたのですが、95−96年の冬に調査をした際、例年にない大雪が降り、目の前で多くのエゾシカが命を落としていきました。同時に数千数万という数の樹木が樹皮食いによって枯死していきました。このことは大きなショックでした。
 一方、92年に美幌峠牧場で調査をしてから今日まで、この牧場でエゾシカの姿を見る度に感動と嬉しさを感じます。冬のエゾシカもいいのですが、春から秋までこの大地を悠然と駆け回る姿は素晴らしいの一言に尽きます。もちろんその代償として被害が存在することは承知しています。
 これらの矛盾を何とかしたいと常に想っていました。自分の出来る範囲で何とかするとエゾシカに約束しました。エゾシカに自分が試されているとも言えるでしょう。上手くいけば、それがエゾシカに対する御礼です。 放って置けば、樹皮食いの問題も峠牧場でも、森林が荒廃するか、エゾシカが殆ど殺されていなくなるか、防鹿柵を設置して済ませるかのいずれかの結末になることは想像に難くないです。
 「道東地域エゾシカ保護管理計画」が実施されています。自分の理想から見れば、この計画はまだ発展途上です。現段階で点数つけても30点くらいです。個体数管理の部分だけなら50点くらいです。保護管理=個体数管理ではありません。個体数管理も機械的に行って上手くいくものではありません。まだまだ、科学的なデータが不足しています。大雑把な部分が多々あります。体制やシステムも欠如しています。
 こうやって批判するのは簡単です。でも将来に対して理想があるからこそ現実を批判するわけです。個人的なシステム案は別紙を参照して下さい。元を正せばエゾシカはあくまで一例であって、現在のエゾシカの問題(原因、本質)は、我々が直面している人間社会における様々な問題の典型です。オオカミの絶滅、土地利用をめぐる摩擦、産業の問題、農村の問題、食糧の問題、環境問題、森林破壊、開発のありかた、教育問題、観光の問題、地球温暖化、命の尊厳、経済問題、どれにも接点があります。放って置いたり、その場しのぎで何とかしても、あとからそのツケが何倍にも膨らんで回ってきます。極論を言えば、全ての責任をエゾシカに押し付けて、絶滅させれば一時しのぎにはなります。でも残された我々人間社会の問題は何も解決しません。だからこそ我々がエゾシカに試されていると感じるのです。
 この点はエゾシカに感謝しなければなりません。エゾシカを活かして生かし、我々も生き生きとした明るい社会を築くことが出来るかどうかです。エゾシカを排除するだけ、もしくはオオワシなどの犠牲を生むだけの行為は、あまりにも情けないです。