竹岡 雅史

 世の中には数々のスパイス(香辛料)があり、それらのエッセンスを適切に使うと料理の味は洗練される。その極めつけのスパイス料理ははカレ−だろう。あらゆるスパイスが創る人の個性に応じたレシピとして調合されると、不思議で芳しい世界をかいま見せてくれるの数少ない料理だ。
 地球上には歴史的なスパイスとも言える、オ−・パ−ツが散らばって輝いている。まるで宝石のように、ミステリアスな思いを与えてくれる光のようだ。ピラミッド、マヤ・インカの遺跡、カッパドキア、モヘンジョダロ、ピリレイスの古地図、聖書に書かれている最終章の黙示録、等々。
 過去の歴史の謎の部分の様な役割を持ち、単調な生活に刺激をもたらしたり、植物のエッセンスを味合わせてくれる秘密なのかしれない。つまり世の中を楽しくさせてくれる。スパイスをたっぷりと使った料理のように、歴史のあらゆる場面に「謎」が散りばめられ、それがさながらミステリ−効果となって心を刺激してくれているのだろう。
 日本人は何故にカレーがこんなにも好きなんだろう。週に一度や二度はカレーを食べないと気持ちが落ちつかないし、家族の誰かが明日はカレーが食べたいな−と言う国民だ。国民性を作る無意識のなかにカレ−を食べたくなるような因子があり、かつて住んでいた故郷を思い出すのだろうか。故郷とは勿論「インド」のことであり、「ラー・マー・ヤーナ」の時代への憧れが感傷的な気持ちを呼び覚ますのだ。匂い、刺激的なスパイスの香りと辛さ、発汗と分泌作用等が失われた過去を思い出させる店がマジックスパイスだ。
 僕たち日本人の心の中にインドがあり、根源的な記憶にアクセスする役割を担ってる。その事を分かってマジックスパイスの辛さのカーストに挑戦することは、究極の快感を体験する冒険に旅立つことに繋がっていく。うちの息子なんか虚空という次元に入ってからは、殆どスパイス中毒症状を呈している。体の中からスパイスが切れると、集中力がなくなり勉強が身につかなくなるといっては奢らされてしまう。
 スパイスとはいったい何であり、何故に人間を魅了するのだろうか。単味の味はアクが強くて旨いものではないが、料理の隠し味に用いると次元を変化させる。ほんの一振りで微かに何かが変わり、タップリ入れると強烈な刺激を与えてくれる不思議な機能を持っている。そのような不思議な気持ちを味わうことができる店がマジックスパイスだ。
 マジックスパイスはカレーを中心に、アジア諸国のエスニック料理が用意されている。よくある小さなカレー専門店なんだけど、二階にはスピリチュアルな商品が展示されている、異国情緒が小気味よく演出された店になっている。
 とにかくすこぶる辛い世界がそこでは堪能できる。辛さのジャンル分けは瞑想、悶絶、涅槃、虚空などの仏教用語で表現されており、それが妙に食欲を誘う雰囲気だ。そんな怪しいカレー専門店で俺はよく家族を連れだって、夜な夜な晩餐に行く。
 家族の全員がたっぷりと熱い汗をかき、さらに辛いジャンルに挑戦するのを眺めるのはほほえましくて楽しい風景だ。なんてことに俺が自己満足していると、この日常性を否定するようなマスターの存在が気になりだしてきた。それはどのような人格の持ち主がこのような怪しき味を演出し、その心にまつわる精神世界に対して興味がそそられたからだ。
 そこでさっそく持ち前の好奇心にしたがって、マスタ−との会見を申し込んでみたら、すぐに心のネットワ−クが繋がった。会見の日を予約すると、さっそくの明日に決まる。どうやら俺と同じようなソウルの持ち主であるらしく、呑み込みが早いのに驚く。 会見の内容に一気に迫ってみよう。結論から言うとやはり凄くて、素晴らしい人物だ。「僕はタイで誘拐されたんだ」という話がいきなり出てきた。タイってアジアの、首都がバンコックで仏教寺院が多いタイ国だ。そこで誘拐されて、死の恐怖を味わったという。
 そもそもは札幌の厚生年金ホールで行われた、タイ大使館主催のパーティーから始まった。家族全員でワクワクしながら会場に向かったマスタ−は、タクシ−の中で不思議な予感を覚えたそうだ。予感というよりは白昼夢というべき幻想が脳裏に浮かび、しきりに挨拶をしている自分自身のイメ−ジを見ていた。どうやら何かの懸賞に当たって、感謝の言葉を述べているようなのだ。思い当たることは、これから行くタイ大使館のパーティーでは毎年、抽選でタイ国への招待旅行の抽選が行われており、自分がそれに当選するのではないかということだった。 あやしいイメ−ジはそのような嬉しいことの起きる予兆だった筈なのに、現実には起こるべき事件の予告編であった。
 しかし、不思議な前兆はまだまだ続く。何故ならば、彼は抽選には破れたのだ。つまり当選した人が抽選があることを知らずに帰ったから、辛うじて次点としてタイへ行けたのだ。運が良いのか悪いのかはわからないが、棚からぼた餅的な幸運に恵まれたわけだ。そして、運悪く最悪の事件に巻き込まれてしまう。
  −なんてこった。−
 この話の続きは、マジックスパイスのオーナーである下村さんに直接語ってもらおう。