マジックスパイス
オーナー 下村泰二

「旅、アジア、医食同源そしてNYへ」

 私が行った時のNYはもう本当に極限的に寒かったんです。TVのニュースでも「危険な寒さ」だから…とキャスターが緊張した表情で注意していたくらいですから。体感温度でマイナス25度以下。摩天楼を突き抜ける強風…私にとってはウンザリする程の過酷な条件のNYだったにも拘らず、何故か熱いアートのパワーだけはしっかりと伝わってくる…そんな感覚にさせてくれた街はそれまで無かったんです。
 アメリカはある意味で軽薄なハリウッド映画的なイメージがある。
 そういう神秘的な力があるとはね…
 我々が子供の頃、TVのアメリカンホームドラマを観ていて誰もが漠然とあの大国にある種の畏敬、憧れを抱いていた…それはプロパガンダや洗脳だったのかも知れないけれけれど…アメリカの正義や良心、開けっぴろげで信じられないくらい自由奔放なライフスタイル、秩序有る社会、直線的なフロンティアスピリット…そんなところで…。
 実際の彼らの深層意識は分からないけれど、私が子供の頃から描いていた「古き良きアメリカ」はそれまで訪れていた西海岸ではなく、NYに来てその街並みを歩いて初めて伝わってきたような、そんな懐かしい感じがしました。
 今まで旅をしていてその「懐かしい」思いを与えてくれた場所はネパールのカトマンドウだけでした。カトマンドウは多分細胞の中の記憶だったのでしょう。NYの懐かしさは明らかに子供の頃に観たTVからの無意識の刷り込み、思い描いて忘れていたイメージのデジャヴに違いありませんが、NYとKMD…この極端に違う街に同じような感覚が目覚めたこと…私自身不思議です。
 映画「キングコング」「スーパーマン」「ゴッドファーザー」…ノスタルジックなアメリカをNYに来て肌で感じた…何故か懐かしくって、嬉しくなったんです。
 アメリカには決定的に欠けているんじゃないかと思っていた部分…例えば歴史だとか伝統、といったものがNYには存在していたんですね。数百年、数千年単位の学術的な歴史こそないにしろ、いわゆるコロンブス以降、新世界アメリカの歴史がそのままに残っているような印象でした。尚且つそうした過去の繁栄を物語る建物たちは、住む人間や都市そのものと自然に無理なく融合しているんです。
 1900年前後に作られたと思うんですが、そのどっしりとした重量感の有る古い建物が博物館、美術館になっていたり、コンサートホールやホテル、レストランとして見事に機能しているんですね。美術館は世界各国のそれこそ国宝級の遺産をNASAの最先端の技術で保管していて、ホテルもインテリアだけじゃなくて建物そのものが美術品だったり…。近代的な貿易センタービルの近くにはウォールストリートがあったりして…古い文化、新しい創作的な文化がとても良く調和している、と感じました。
 マンハッタンの街を歩いていても、そんな寒さの中で世界各国のストリートアーティストたちがあちこちの街角や地下鉄のホームで楽器を奏でていたり、ゴスペルやソウルを唄っている。オリジナルプリントの写真や油絵、水彩画を並べてはパフオーマンスしている若者達もいる。最近では日本でも良く見かけるようになった、ストリートアートやウオールペインティング…キースヘリングでお馴染みになった傑作ですがそんなストリートアートはNYが本場なんですよね。
 これほど雑多な人間やアートのエネルギーが街に溶け込んでいて、ナチュラルに、そしてパワフルに現代アートの波動を伝えてくれる街は他には無いんじゃないか…って。今まで行けなかったこともあるんでしょうがアメリカのNYといった聖地には妙な先入観や偏見を持ち続けていたのかもしれません…でも、NYの生き生きとしたアートのパワーに素直に感動して、正直圧倒されました。

つづく