竹岡 雅史

特集・南東アラスカクリンギット族の人々を迎えて
1.札幌公演のご案内
2.公演の趣旨(代表:赤阪友昭)
3.神話の夜明け(竹岡雅史)
4.全国の公演予定
5.札幌公演を終えて1,苦労と感動(竹岡雅史)
6.札幌公演を終えて2,新たなる難問(竹岡雅史)


 −新たなる難問−
 
 そのボブがまた来るのは歓迎するけど、他にもクリンギットの仲間を5・6人連れてくるだけでなく、またまた彼等も何かするっていうのはひどい。会場も空いているからという理由で、かでる27の大ホ−ルを借りてしまったという。あそこはキャンセルが難しいというより、キャンセル料は契約金の半分も取られるんだ。定員は500人もある。
 前回は100人だったからこじんまりと成功したけど、500人も入る大きな会場を感動させる自信は誰にもない。もちろん僕にもないから、何とか断ろうと思っていた。しかし事態はどんどんと進み、後戻りができない時点までいった。ま、何とかなるさと普段の僕なら思うんだけど、今度ばかりは何とかなりそうになかった。どうしよう。
 こうなれば費用の面倒を見てくれるスポンサ−を探し、できるだけティケットを売りさばき、観客を動員しなければだめだ。僕はけっしてイベント屋でも、お祭り男でもない、どちらかというとメンドクサイことは嫌いなタイプだ。それが一年に何回か難問が降ってきてしまうんだ。今回は20世紀最後の、最大の難問かもしれない、そう思った。
 赤阪君、君は何という難問を持ってきたのかと、つい恨んでもみたくなった。かといって、もう止めたというわけにもいかないだろう。とにかく何とかしなくては、せっかく来日するクリンギットの人達にも申し訳が立たないし。アイヌとして迎える側の人達を探し出し、彼等の音楽とか踊りとか神話も用意しなければいけない。
 音楽は奈良さんでいいとしても、アイヌ民族に対する知識はあまりない。というか何処へ話を持っていけばいいのか、再び途方に暮れてしまった。今回はシサムである僕たち和人がどうこうできる問題ではなく、アイヌ民族という先住民がクリンギット族を迎える形のセレモニ−だ。自発的にアイヌ民族がクリンギット族を迎えなければ意味がない。そんな気持ちになれるアイヌがいるんだろうか。
 そのようなとき、アイヌ・ア−ト・プロジェクトの若者たちと出会った。彼等が責任を持って、キッチリとクリンギットを迎えてくれるというんだ。もちろん僕は彼等の好意に飛びつき、いよいよ12月4日を迎えたわけだ。
 結果はさっき書いたように、大成功というか感動の嵐のようなモノだった。ボブも奈良さんも、クリンギット族の古老エスタ−・シェイもウイリ−・ジャクソンも、みんなみんな恰好よかった。キラキラと輝いていた。アイヌの結城君や早坂君、ムックリを吹いたりボブの祈りを朗読してくれた長根さん、いつも多方面にわたって気配りをしてくれた奥泉さん、本当に良かったね。 ああ、めでたしめでたしと終わるところだったが、またまた難問が発生した。

 今度はアイヌの若者たちが、古代のアイヌの船を再現し、海を渡ってアラスカへ行くという、とんでもない話が持ち上がったのだ。アイヌが採取狩猟民族だったと誤解している人が多いけど、彼等は交易を盛んにしていた民族でもあるんだ。古代のアイヌはイタオマチプと呼ばれた船を造って、海洋航海に出ることでサハリンや千島と交易をしていた。
 そのイタオマチプを造ってアラスカへ行く、そんな無謀な提案をこともあろうか、僕自身がしてしまった。つい調子に乗って言葉を滑らせてしまう、悪い閃きが口を滑らせてしまった。アイヌの若者はそれに乗っていくのを承知するし、ウイリ−・ジャクソンは船の材料になる丸太をアラスカから送ってもいいという。というわけで、来年からはイタオマチプで古代のアイヌの航海を再現する、そのような事態になってしまったのだ。僕のせいで。
 ボブの話だと、2002年にはアラスカで、世界中の先住民が集まってフェスティバルをやるそうだ。太平洋に面した町「ジュノ−」に歴史上初めての世界先住民が集まると。それをめがけてアイヌの若者たちがイタオマチプで到着する。これは劇的なドラマになるだけではなく、アイヌの人達の心を一つにまとめるチャンスにもなるだろう。
 かくしてこの計画を検討すべく、プロジェクトが組まれることになったのです。
 2001年から2002年にかけて、僕たちはこのイベントを実現するために頑張ります、協力をお願いします、よろしく。