北原 理作

・  農林業被害額の問題
 エゾシカによる農林業被害額の算出方法は改善する必要がある。農業被害額のうち、畑地における被害額については、被害の割合を評価する際過大評価となりやすい算出基準である。牧草地における被害額は、未申告による過小評価もあると思うが、実際圃場全体の被害量を正確に算出することは難しい。ただし牧草の再生力は旺盛であり、仮に被害が生じても牧草が余っている場合もある。農業被害額は、現時点では精神的な部分も含めた、被害に対する不満のバロメータとしての位置付けにしかならない。個体数調整などの効果をより正確にモニタリングする上でも、正確な被害量もしくはそれに準ずるものを算出する必要があるだろう。
 また、近年道東各地において防鹿柵設置が急速に進んでいるが、効果が高い反面、移動の妨げになったり、柵を利用した狩猟が行われたりしている。本来の目標である農業被害が大幅に減少した地域では、狩猟圧の緩和が必要であろう。また、移動の妨げや他地域への被害のシフトを防止するには、柵設置前の影響評価と対策が不可欠である。
・  天然林の樹皮食いの問題
 エゾシカによる樹皮食いの問題は、積雪深の変化に伴うササを中心とした草本類の利用可能量の変化と生息密度のバランス評価が重要である。農業被害と比較すると、局所的な発生も多く見られ、現存する越冬に適した環境の分布、面積、保護区設置のあり方にも関連する。このことから、道東地域の全個体数の調整だけでは、被害を食い止めるには十分とは言えない。今後は、生息地管理手法の確立や鳥獣保護区制度の見直しならびに狩猟計画の見直しが、それぞれの野生鳥獣の生態的特性と多面的機能を活かした森林の保全復元および林業との調和に配慮しながら進められるべきであろう。
 現在は、阿寒湖周辺域における冬期限定の給餌が功を奏し、ほぼ樹皮食いの発生を防いでいる。
・  モニタリング調査の問題
 現在のモニタリング調査の重点は、阿寒個体群に限られ、他の地域は十分な調査が行われていないため、個体数調整による効果の不均一性などが正確に評価出来ない状況にある。北海道のような広大な場所における保護管理においては、パターンの把握が優先されるが、やはり長期的モニタリングを進める上では、より広域的に様々な調査を実施し地域特性を考慮しながら、フィードバック管理が適切に行われる必要がある。特に、現在までの狩猟計画(猟区、猟期、捕獲可能頭数)および捕獲頭数実績を見る限り、性比のモニタリングとフィードバック管理は、重要であろう。さらに積雪パターンと自然死亡率の関係については、より広域的な精度の高い評価が必要であろう。
次項に続く