北原 理作

3 保護管理システムの提案(網走支庁への提言)
 以上の点を踏まえ、道東地域エゾシカ保護管理計画の対象地域である網走管内における行政への個人的提案を記載する。この案は、今後必要とされる具体的な調査内容について言及したものではなく、あくまで現在まで講じた被害対策と効果などにおける問題点を踏まえ、道東全体に当てはめるのではなく、より地域の実情に即したシステムの一案である。
 エゾシカとの共生を目指すには、調査研究の充実だけでなく、エゾシカの存在価値が多様化することも必要である。
・ エゾシカの存在価値
 A 北海道の自然資産、生態系の構成種(食物網)
 B 観光資源、教育教材、研究対象としての価値
 C 肉資源、鹿茸等の資源的価値
 D 養鹿産業等の産業的価値
 E 狩猟等文化的伝統的価値、スポーツハンティング
 保護管理の実践においては、これらの存在価値を上手く引き出し、システムの中に組み込むことが必要である。また、当然ながら、被害対策の充実も不可欠である。
網走管内エゾシカ保護管理システム(案)
 先に述べたエゾシカの存在価値の多様化について、それらの価値を個人的に描くシステムの中に組み込むと以下のようになる。
 まずAについては、地域個体群を含めて絶滅させない。孤立させない。知床半島の一部では、自然淘汰に委ねるなどである。また、食物網の中で、死体などが他の野生動物の糧となっている。
 Bについては、エゾシカは、北海道の野生動物の象徴でもあり、道内を訪れる観光客の最大の目的は、自然環境が豊かな場所で過ごすことにあり、スケールの大きな景観とそこに生息する野生生物を観ることを楽しみにしている。また、北海道の主要産業である農林水産業は、自然の中で営まれるものであり、自然を破壊し続けることで成り立つものではない。
 新農業基本法や林業白書に盛り込まれているように、農業基盤整備や生産性の向上も必要だが、同時に農地、農村、森林の多面的機能を活かし、維持保全することも重要である。
 このような観点に基づき、観光・教育面へのエゾシカの有効活用について、第10回ヤンマー学生懸賞論文に投稿入選した内容を紹介する。既に知床などでは、観察会なども実施され、観光客が観光地で、自然への理解を深めている例もある。
 この論文では、ホーストレッキングによる農村振興、畜産振興、生産者と消費者の交流、滞在体験型観光の推進、エコツアー、環境教育、生息環境の保全管理および復元、馬によるササなどの未利用資源の有効利用や林業への活用、防鹿柵設置との調和を述べている。
 対象地域は、美幌町峠牧場周辺から津別町上里地区一帯である。この一帯には、現在でも峠牧場を中心に700頭以上の野生のエゾシカが生息し、屈斜路湖を眼下に見下ろす景観は素晴らしい。さらに、温泉もあり、美幌峠を訪れる観光客は、年間130万人とも言われる。一方美幌・津別両町は、女満別空港に近く阿寒国立公園を行き来する中継地点である。しかし、これまで通過者が多かった。
 この地区において、防鹿柵や駆除によるエゾシカの排除よりも、ホーストレッキングを楽しみながらエコツアーを行うことは、酪農家にとっても観光業者にとっても地元住民にとっても、中長期的にはマイナス要素よりもプラス要素の方が大きいだろうと提言した。
 概略は以上であるが、この構想については、現在網走支庁農業振興部企画調整係を中心に、産学官クラスターで準備が進められている。個人的な提言が採用されたことに対し、農業振興部には感謝の意を申し上げたい。
 さらに付け加えると、個人的には、女満別空港を中心とする地域に幾つかのコース設定(例えば、上記峠牧場のほか、小清水原生花園、能取岬、女満別公共草地、チミケップ湖周辺など湿原、原生花園、湖、牧草地、森林など様々なパターンを設定し、生息地の保全をはかり、野生鳥獣との触れ合い共存エリアにする)を行い、この地域が、これまでのような大雪、阿寒、知床を結ぶ通過地点ではなく、必ず立ち寄るエリアになれば、地域経済に及ぼすプラス効果も期待できると思われる。既に網走管内には、個別に主にレクリエーション目的で行われているホーストレッキングコースが存在する。それらをネットワーク化し、新たなシステムを導入することで、トレッキング利用者に対し、当地域が取り組む活動に理解と協力を求め、相乗効果を産み出せるかもしれない。ただし、同一地域における連続的な過度な利用は、自然に対する悪影響にも繋がりうることは、念頭に入れておくべきであろう。
 その際、利用者が負担する費用の一部を網走川と周辺地域の流域管理の一環とし、被害対策、調査研究費、野生生物の生息環境復元(例えば、河畔林の造林、小型動物を含めた回廊作り、住民参加型のビオトープ作り)のための費用に充てる基金の創設も望む。このようなシステムは、さらに水質改善、漁業資源保護増殖に繋がり、多様性の保全に繋がるであろう。
 また、峠牧場をはじめとするエコツアー事業を進めていく上で産学官クラスターで構成される評議会の設立を望む。
 CからEについては、調査研究結果、科学的データ、モニタリング、フィードバックに基づく持続的な保護管理の中に組み込まれ、特に個体数管理の部分に該当する。被害対策の現状と問題点で述べたように、防鹿柵設置や給餌は、被害対策としては速効性が高いため、どうしても必要と思われる地域では、事前に影響評価を行った上で実施すべきであろう。
 しかし、個体数調整を全く行わないのは、根本的解決に繋がらない。当然いずれの対策にも利点欠点がある。
 資源利用について、少々強引かもしれないが、以下のような提案を行う。
 まず、資源の有効活用ということで、網走管内を3ブロックに分類し(知床半島、能取岬、オホーツクの森、美幌峠〜津別峠周辺に生息する各個体群については、地域個体群の保護管理計画とモニタリング体制が別個に必要である)、北部地域遠軽町(仮)、大雪方面訓子府町(仮)、斜網地域小清水町(仮)に解体処理施設を設置する。
 有害駆除に対する補助金の交付は、耳や尾などとの交換ではなく(耳や尾では性別の確認すら曖昧である)、適切な一次処理後の個体そのものの施設への持ち込みにより支払うものとする。その際、どの地点で狩猟したのかを報告する。駆除の対象地域は、防鹿柵開口部周辺や防鹿柵未設置地域とする(性比がメスに偏っている現状を踏まえると、防鹿柵設置区域周辺においては特にオスの駆除や狩猟は当面避けるべきである)。
 支払金額は、仮に1頭1万円(仮:需給バランスなどで変動)とする。駆除した地点の土地所有者には、被害補償として仮に1頭につき3千円(仮)払うとする(この時期のエゾシカは農地資源とみなす)。
 補償期間は、肉資源として価値の低い(痩せている)1月下旬〜5月および6〜7月の出産育児期(メス・子のみ除外)、10月中旬〜11月上旬の繁殖期は除外する(駆除を行ってはいけないという意味ではない)。よって補償対象となる有害駆除期間は、8〜10月中旬とする(オスは6・7月も可)。
 狩猟期間は11月中旬〜1月中旬とする(メスは前半長めに、オスは後半短めに)。狩猟期間中のエゾシカは、森林資源とみなし、施設に持ち込まれたエゾシカとの交換に1頭1万円(道外ハンター8千円)(仮)支払うほかに、給餌や造林施業に充てる費用として森林被害対策基金に1頭につき3千円(仮)積み立てる。狩猟期間中も捕獲地点のデータの提供を義務づける。
 ハンターに支払うお金や被害補償、対策費は、肉の販売収益や管内のハンターが支払う狩猟許可申請料、農協などからの補助金で賄う。有害駆除には総捕獲頭数規制(許可頭数の規制)、狩猟には猟期、猟区、対象となる性別や頭数の規制が加わるが、現在よりも無駄な犠牲が減少し、被害対策も充実する。さらに、狩猟者の意識も変わるであろう。
 さらに、このように適切な管理体制の下で処理販売される肉に対し、認証制度を設け有機栽培野菜のような表示を付ける。このことにより、密猟の減少や購買を通した消費者の協力が得られることが期待される。