なーんちゃって檄を飛ばしてみました。
でもしかし、具体的に何をするのか。ここで箇条書きにしてみましょう。

 「北海道の特産物を生産する」
 農産物の生産は、北海道の風土に自生している山菜を主として栽培収穫する。ハスカップ、ギョウジャニンニク、エゾウコギ、フキノトウ、コゴミなどの北海道に自生する山菜を自然農法によって育成し、ブランド化を計って季節限定の健康・栄養食品として全国に普及させる。

 どのような目的と方法で?

  「自給自足を楽しむ」
 
  北海道に自生する山菜を栽培するノウハウを開発し、自然との共生を図る生活を考える。つまり足下にあるこの大地を自然のままに生かし、その恵みを収穫する。基本的には自給自足体制で、エネルギー源の確保も、極力自然循環を考えた方式を採用する。自動的に供給されるエネルギー源に頼って生活するのではなく、人間の持っている能力を振り絞る生活を志す。

 どんな利点があるのか?

 「老後を考えず、今に生きる」

 共同生活による連帯意識を保ち、老後の生活という孤立の観念から脱却する。熟成した人間による学習舎・研究所を築き上げる構想で施設を考える。残り少ない貴重な時間として認識する。老後という言葉が意味する人生の残照期ではなく、ようやく思うがまま好きに自由に生きられる期間として認識する。

 人生の後半になぜ?

 「知恵と工夫を働かす生活をする」

 我々は持てる能力を全て発揮して生きてきたわけではない。特に脳の開発は未知の部分が多く、使用しているのは全体の10%ほどとも言われている。ここでの生活は使い切っていない人間の能力を開発する毎日になる。本当の能力は老後にこそ発揮できる。それは残りの90%の脳機能を刺激することだ。

 で、何が得られるのか?

  「知恵を保存する施設造り」

 文殊の知恵、哲学の殿堂、農作業を通じてぼけ防止などを考慮した生活設計をする。適性に応じた役割分担をし、埋もれていた才能にカツを与える。

 でも辛いこと努力を強いられるのはうんざりだ

  「遊びながら学習する」

 手作業から機械操作まで含んだ手順を、誰もができるような体制造りをする。パソコンを駆使した情報収集と発信を行う。老いることは一種のアートだ。人間という作品の完成期だ。愚作にするか秀作にするのかは勝手だが、人生のことごとくアートとである。アートは遊びの極限状態である。

とまあご託を並べてみましたが、一つの計画例を挙げてみましょう。

 「老人健康施設「ケア・ハウス」の運営計画」

最初の施設と運営は、「ケアハウス」から始める予定です

 遊びの対象者は60歳以上の男女

エネルギー・食糧の供給は自給自足を試みる
運営資金の供出は原則自己負担とし、それを出資金として企業活動資金にする

農業を通じた生産活動および酪農業の運営と販売による収入を補助資金とする
 
医療・リハビリー・健康指導等の整備をし、寝たきり状態からの回復を図る
施設内の交通は自転車および人力に限り、微力でも人的パワーで移動する
 
PCの使用法指導
インターネットによる情報収集と双方向通信設備を完備し技術の習得をする
 
建築施設・設備等は自作(DIY)を基本とする
 
施設内の限定通貨を発効する

 とまあいろいろあるけど、一般のケアハウスとはひと味違う、自給自足色の強い経済力のある施設作りをしたと思います。要するに人生終了する直前まで、生き生きワクワクできる時空間を構成し、人間としての尊厳を失わない生活場を確立するのです。それは政府も企業も決して実現してはくれません。僕たちの自らの力を出し切って具体化することです。肝心なのは遊び心のみ。真剣に意識を集中して遊べる空間造りです。 

諸設備の造営計画 

 (運動・健康)
 施設内を巡るサイクリング・サーキット
 温室と遊歩ガーデン
 露天風呂とスイミングプールとフィットネス施設
 (文化・情報)
 映画館と図書館と公会堂
 FM放送局設備とパソコン通信室

 おまけの付録として
ゴジカラ村のケアハウスについて少し調べてみました。
ケアハウスは、厚生省が高齢化社会に対応して、平成11年までの「高齢者保険福祉10ヵ年計画」の中で新たに設けられた福祉制度です。                     
 ケアハウスとは簡単に定義すると「60才以上の自立した方を対象とした、食事・入浴付きの老人マンションです」と言われています。また軽費老人ホームとの位置づけもあります。

 介護保険制度の実施後、介護施設の建設や病床からの転換が思ったよう進まないので厚労省が、ケアハウスを民間にも認可し、そして一部を介護保険制度の利用施設として認める改定が行われるようになったからです。

 ケアハウスには当初考えられた食事・入浴付きの老人マンションという一般的なケアハウス(軽費老人ホーム)と、介護保険が利用できる特定施設入居者生活介護として認可された施設(有料老人ホーム)があります。後者は厳密にはケアハウスとは呼ばないのかも知れませんが、ここでは同列に扱います。

 つまり第一線を退いてから後の人生を、老人としてではなく年齢を重ねた一人の人として安心して暮らすための施設です。精神的には若さを保っていても、肉体的には不自由さを感じはじめるときだけに、栄養管理をはじめとして次第に手間のかかる日常のお世話をする一方、介護や健康管理のための専門家を擁し、日々の生活をバックアップします。

 ただいわゆる老人ホームとは違い、介護のための施設ではありませんので、入居される方たちの自発的な生活スタイルを大切にしている点が大きな特徴となります。

 老いというものに寂しさを覚えることなく、年輪を重ねたことにふさわしい、重みのある時間を持てる場所。それがケアハウスなのです。

 ゆたっりとした個室のため個人のプライバシーは保証され、趣味や散歩など自主自由な生活 時間を過ごせることができ、健康な方はここから勤めにでることもできます。外出・外泊 も自由です。               

 また心身機能の特性を考慮した住宅機能と食事・入浴といった生活の基準となるサービスの提供を考慮した福祉機能を合わせ持った居住施設で、入居者が住み慣れた地域に住み続けることができ、さらに自立した豊かで明るい生活が確保できるよう配慮された「ケア付き住宅」です。      

 ケアハウスへの入居は原則として、60歳以上で、自炊ができない程度の身体機能の低下などが認められ、または高齢などのため独立して生活するには不安が認められるものが入所の対象となります。身の回りの事は出来ることが条件です。
 
 ゴジカラ村では、必要なときに迎えに行くオンコールシステムがあり、ケアハウスに調理場を設け、通ってくるお年寄りがつくる総菜を幼稚園の保護者が買うような循環型のシステムができるのを期待しています。

 施設に入所する人たちが役割を持ち、それぞれの居場所があるようなものにしたいと思っているそうです。