竹岡 雅史

 くるくる回る金属の蛇腹の上を、トランクやガッチリと梱包された荷物が回る。次から次といろんな色のトランクが現れてはスッと持ち去られていくが、肝心の僕のトランクがなかなか出てこない。どんどん人が荷物を受け取っては税関を通過するのに、僕の薄茶色の惨めなトランクが回ってこない。目を皿にして捜してもトランクが見当たらない。
 最後の最後にKLM航空のクル−のそれと判る業務的な、汚れて傷だらけだけど頑丈そうなトランクが出てきた。それが最後のトラックから降ろされても、僕のは遂に出てこなかった。
 ハ−ドな旅行の最後の最後で、遂にトラブッてしまった。 とうとう荷物は飛行機からは運び出されず、僕たちのお土産や洗濯すべき下着類はスキポ−ル空港に止まっていた。人間だけが呑気に飛んできたそうだ。当然のことだがそんな無様なことは、自分たちの身に降りかかるとは思ってもいなかった。しょうがないので書類手続きをし、近いうちに自宅に届けられるよう手筈を整えた。考え方によっては、あの重たくて厄介なトランクをただで自宅配達してくれるんだ、そう思うと気楽になった。
 僕たちは初めてヨーロッパ旅行をしてきた。行き先はイタリアで、ローマ・ナポリ・ポンペイ・フィレンツエ・ベネチア・ミラノを、たったの一週間そこそこで走りまわるツアーである。行き先はツアー会社の計画したもので、僕等は仕立てられた日程に沿ってバスに乗り込むだけの旅行だ。気楽と言えば気楽なおまかせ旅行だ。
 その会社仕立ての物見遊山でイタリア各地の有名都市を、観光としては季節外れの一月の中旬にしてきた。もちろん格安だったから、気温は低いしホテルはお粗末だった。でも季節外れの観光地は、人がいなくて美術品でも遺跡でもじっくりと見物できる。寒さ対策さえ万全なら、結構リッチな気分を味わえるものだ。カゼさえ引かなければね。
「格安海外パックツアーの実態・イタリア編」 
<一月十四日 千歳出発 ローマへ>
 何時ものことだが、旅行の前の日は興奮してなかなか寝つけない。カフェインやお酒などの刺激物をできるだけ避け、面白い本を読んで頭のなかでイメ−ジが膨らまないように気を付けるが、どうしてもワクワク感が眠りを妨げてしまった。
 朝というよりも夜中の午前三時に目を覚まし、布団のなかで悶々としながら堪えきれず四時に起床する。荷物は昨晩のうちに整理してあったから、洗顔をしてパンを食べおえひたすら空港行きの始発バスを待つ。午前八時頃には千歳空港ロビ−をうろついていたが、ツアー客が集合する十二時四十五分には、もう僕は本当にクタクタになってしまった。
 それでもとにかくトランクを預ける。定刻午後二時四十分発のKLM870便は、午後三時十五分に遅れて出発することになった。もう眠くてしょうがないから、出発ロビーの長椅子で眠りこける。KLMがようやく千歳に着いたことをアナウンスで報告されるや、勇んでビジネスクラスのあとから乗り込んだ。機体はボーイングジャンボ747だった。
 想像していたより客は多く、完全に満席である。エコノミークラスはギュウギュウ詰めで、指定座席はど真ん中で通路側両サイドが塞がれていた。最悪の場所に押し込められてしまったようだ。
 こうなったら機内食を食べワインやビ−ルを飲んで、ぐっすりと寝るしかないと腹を括った。ところが離陸し水平飛行に移ってもなかなか機内サービスが始まらない。お茶なんかが出たっきりで、本格的な食事の用意がない。こんなことなら空港で何かを食べてくればよかった、そう後悔しながらすきっ腹では居眠りもできず、とほほ。
 出発から三時間くらいたったころ、ようやく食事にありつけた。プレートに巻き鮨などが乗った和洋折衷料理だ。旨くはなかったが、しばらく米の飯を食べられないかと思い、何も残さず平らげた。ワインのミニチュアの瓶を赤白両方貰って仕舞っておき、ウイスキ−をダブルで二杯も飲むと酔っていい気持ちになる。トイレで歯を磨いて用を足し、満足して眠りに就いた。気が高ぶって眠りは浅い。
 なんだかあっという間に次の食事が始まる。寝足りない上にお腹も空いていない、それでもドーンとボリュームの焼きそばに、間延びした盛蕎麦がくる。炭水化物の山盛りで、胸が焼けて堪らない。嫌なら食べなきゃいいんだが、出されたものは残さず食べてしまう貧乏性がつらい。そして薦められるままにワインやウイスキーを飲んで再び眠りにつく。
 ウトウトしているとスキポール空港に着くから用意しろと、オランダ語と英語と日本語でアナウンスがある。十時間以上飛んだという気がしないで、頭のなかはボワーンと膨張したような気分だ。そういえばスリッパでリラックスさせていた足も、本当に膨らんで靴に入りきれなくなっている。飛行機が何千メートルも上空を飛んでいるので、気圧が低くなって血管が拡張したのだろう。
 これはエコノミー・クラス・シンドロームの原因の一つになっている。酷いときには静脈瘤になったり、心臓発作を起こすこともあるそうだ。窮屈な姿勢で縮こまった筋肉に、血液が十分に行き渡らない。拍出量は普段より気圧が低いぶん、ドクドク繰り出されるのだが、抹消の血管や筋肉が萎縮しているので、静脈が膨らんでしまうのだろう。
 毛利さんが宇宙酔いになった原因も同じような理由からだ。僕たちの場合は足がむくんで靴になかなか入らないのと、頭のなかでアルコールと血液がごちゃ混ぜになっただけで済んだようだ。スキポール空港には定刻より三十分遅れて到着した。
 乗り継ぎの飛行機まで二時間くらい時間があったので、免税店などをブラブラしてBOKMAという名前の焼酎のような酒を買う。日本には売っていない珍しいものだと思ったが、やっぱり輸入する価値がないくらい不味くてアルコール臭い代物だった。
 時差は八時間くらいで、現地時間では夕方くらい。千歳を三時すぎに乗って十一時間後のオランダは午後六時だった。感覚としては真夜中なんだけど、夜はこれからという雰囲気は不思議だ。午後八時十分、またまたKLMでローマへと向かう。今度はすぐに食事が出るが、ジャガイモ・いんげん豆・グレービーソースという内容は口に合わなかった。これには流石の僕も余してしまい、ビールも味が分からないくらい疲れ果てていた。
 夜中の零時にローマに着くが、荷物がなかなか降ろされない。眠いんだけど興奮しているという、奇妙な意識状態でローマの空港に約一時間。待っていてくれたバスに荷物を突っ込むと、三十分くらいでホテルに着いた。星が四つ看板についていたけど、外見も中身もゴミ四つという感じの、ローマ・サミット・ホテルに到着した。ツアー客四十人ほどはガックリと肩を落とし、疲労困憊のまま部屋へと直行していった。
 僕たちはルームナンバー652号に入ったが、このホテルは二階建てである。一階はゼロ階で、二階を一階という。それでもお湯が出るバスルームにバスタブが付いていて、テレビも冷蔵庫も空だけど備えつけられている。
 冷蔵庫が空で、時間は真夜中で、コンビニもホテルの売店も開いていないとき、のどがカラカラに乾くとどうなるか。しょうがないから水道の水を飲もうと思っても、それを飲むと確実にお腹を痛めると分かったとき、人間は眠気がなくなるほど水が飲みたくなる。
 それでも何とか気持ちを落ちつけると、機内食のときに貰っておいたワインがあることに気がついた。でもそれをカラカラの喉に流し込むと、かえってのどが渇かないだろうかと不安になった。そうだ水道の水をティシュペーパーでろ過すれば、何とか飲めるかもしれない。そんな馬鹿なことをやっているうちに、外は白々と夜が明けてきた。眠くてノドが渇いたよー。
 他の部屋の状況を朝食時に聞いてみると、テレビ無し冷蔵庫無しバスタブ無し、三無しタイプの部屋もあるそうだ。飲み水無しも辛いけど、テレビや冷蔵庫は買ってくるわけにもいかないから、ペットボトルのミネラルウオーターで解決が付く僕たちは幸せだ。飲み水が蛇口から溢れ出る日本は、なんと豊かな国だろう。バスタブからお湯をあふれさせ、湯船の外でゴシゴシ身体を洗える、日本の風呂場はすごい発明だ。しみじみそう思った。
 テレビはもちろんイタリア語放送で、何太良感タラ早口で理解できないが、チャンネルを変えているうちにCNNの英語放送を見つける。イタリア語のあとなので英語が妙に懐かしく、第二母国語のような気がした。どうも南米で地震があったらしいことを知る。それと当地では狂牛病が発生して、可哀相に何千頭も殺して処分したらしい。テレビは貴重な情報源だが、早口なので詳細が分からない。