竹岡 雅史

「ハ−フム−ン・パ−ティ−」  3月2日 金曜日
 今日で何日経ったろうか。もうずいぶんと日にちが過ぎ去った気がする。思えば遠くへ来たものだという気持ちもあるし、どこへ行っても何かが心のそこから晴れないという、日常性を引きずっているような気分がある。人生を背負う意識は旅にも付いて回る。
 人が旅をしたくなる理由には、今までの生活を投げ出して、見知らぬ土地に逃げちまいたい、そんな気持ちが多分にある。知らない街を歩いてみたい、どこか遠くへ行きたい、それが旅立ちの心理的なきっかけになる。今まで人生を忘れてしまうほど、本当に遠い世界を旅してみたくなる。
 でも地球が狭くなったのか、格安旅行・格安航空券が手軽に手に入るようになると、ドラエモンのどこでもドア−を誰もが持てるような、イ−ジ−&チ−プな旅になった気がする。簡単になるほどアリガタミが薄れ、情報が多くなるに従って未知との遭遇も少なくなる。そんな気分でサムイ島のビ−チで物思いに耽っていると、どうやら今夜は何だか面白いパ−ティ−があるそうだ、そんな噂が流れてきた。
 パティ−はタオ島という小さな小さな島で、サムイ島からモ−タ−ボ−トでほんの十五分くらいのところで開催される。無料で誰が来てもかまわない、いたって自由なものだという。ただなら行くかということで、夜を待って参加することにした。
 昨日借りたバイクの有効時間がタップリあるので、ラマイ・チャウエンの各ビ−チに寄って、各自の友達にお土産を買う。といっても僕は別に友達に買うというより、自分自身が興味を持ったものを買うつもりだったが、何にもそそる物はなかった。  チャウエンではキックボクシングを見たかったが、雅子が嫌だというので見られなかった。安いから残念だった。
 ラマイで夕食に食べたおじやが美味かった。言葉が通じない外国で食事をするとき、知らないものを注文するとどんな味がするのか分からない。どんなものか想像して待っていると、完全に裏切られることが多い。そこで無難なカオパッとかトムヤンクンとかめん類を頼むのだが、このめん類に曲者が多くて驚いてしまう。今回もめん類だと思って出てきたのがおじやだった。美味しかったから良かったけど、いつもは期待外れのものと遭遇するのが普通だ。
 さて時間が来たから、期待のパ−ティに向かった。どうやらオプショナルツア−の会社が主催で、そこの会社所有のボ−トで島まで運んでくれた。小さな島にはキラキラの飾りがレ−ザ−光の反射で異世界のように演出され、何やら妖しい雰囲気が漂っている。参加しているのは例外なく若い白人で、日本人は僕らと女子高生のような二人だけ。
 いかにもその場から浮いていた僕たち、しょうがないので飲み物を頼んだら高すぎる。ビ−ルの小瓶が100バ−ツなら、日本よりも高いくらいだ。でも島から抜け出すにはボ−トがなければ不可能で、次のボ−トがいつ来るのか分からない。こんな筈ではなかったんだけど、こうなりゃ浜辺で夜の海を見ている他はない。回りを見渡すと何となく白けた雰囲気が漂っている。
 意外と早く迎えというか二度目の客を乗せたボ−トが着いたので、頼んで帰ることにし乗り込んだ。月の光が水面で揺らぐのをボ−トが突っ切ると、ブワ−ッと光が散らばるのが綺麗で飽きず眺めていた。南の島の月夜の海は、本当にロマンチックだった。帰り道も月夜で明るく、気持ち良くホテルに到着する。ああしんど。