竹岡 雅史

「汽車の旅」  
2月24土曜日
 駅のなかは自然風を取り入れる方式なので、太陽が半透明の天井を直射すると蒸し風呂状態になる、ク−ラ−が効いているのはチケット予約所だけなので、用もないのにそこの椅子に座って涼んでいた。座りながら本を読んだり、チケットを購入する地元の人や外国人を観察しているのは面白かった。特にヨ−ロッパ系の人は、声が大きくて目的地が何処なのかすぐ分かってしまう。スラタ−ニ行きは満員のようらしい。昨日のうちに購入しておいてよかった。このチケット前売り所にはいろんな人達が訪れ、鉄道を利用していることがよく分かるが、最近はバスのほうが人気があるそうだ。ちなみに鉄道でスラタ−ニまでファ−ストクラスを利用すると、一人寝台車なので1000バ−ツかかる。日本なら1000キロ以上なら何万円もするから安い気がするが、タイのバスなら300バ−ツくらいで済んでしまう。それにデラックスバスならゆったりと寝ていけるし。
 しばらくそれらの風景を眺めていると、日本人らしき若者たちのグル−プが現れる。彼らは会社や学校を休んで格安アジア旅行を楽しんでいた。僕等が泊まっているホテルも日本に比べると安いモノだけど、彼らは一泊150バ−ツというから450円くらいの、ドミトリ−という本当の格安旅館を利用している。一日の予算は平均で1000円ほど。
10万円で航空券からホテル代まで済まし、一ヵ月ほど滞在してしまうらしい。タイは彼らにとって魅力のある国なんだということが分かった。円の価値が上がって豊かになる。
 ようやく出発の30分前ころに列車が到着した。ファ−ストクラスの列車は一両しかなく、一番前(出発すると最後尾)なので歩かなくてすんで楽だった。ちょうど北斗星の二等寝台くらいの広さで、韓国のヒュンダイ製の車体だった。トイレは洋式とタイ式の二つがあったが、洋式は便座が汚いしタイ式は小便がうまくできない。立ってしかできないというか、金隠しがこちらを向いているので、金隠越しの穴を目掛けて発射する形になる。
 エアコンが効きすぎて少し寒かったが、後で車掌さんがシ−ツと毛布を持ってきてくれたので、風邪の悪化は防げたというより直ってしまった。単なる過労だったのか。とにかく海外旅行で体の具合が悪くなるという、情けない事態は回避できたようだ。フ−ッ!! 車中からの眺めはバンコクの裏側を見ているようなもので、スラムというかホ−ムレスすれすれのあばら家が、線路際ギリギリまで迫って立ち並んでいた。立ち並ぶというよりひしめき合って軒先が列車にくっつくような距離で、不法占拠している様な状態だった。
 そのようなショッキングな風景に驚いていると、突然清潔で立派な「王宮駅」が出現する。そのあまりに見事なまでの豪華さと貧しさの対比に驚いた。乞食部落からいきなり王様専用の駅が並んでいるんだ。「乞食と王様」が同居している国、それがタイという国かもしれない。最初はそのあまりにかけ離れた光景に度胆を抜かれたが、ありのままの姿を正直にさらしても王室は尊敬されている。そのことのほうが大事なことだと思いなおす。
 つまり人間が直面している現実というか、生まれたところによって人生は地獄になれば天国にもなる、仏教的な教えがそのまま隠さずに現実化されている。その事実に気がついて別の意味で驚いたんだ。最初は何て酷い状況に人々が追い込まれているのかと思ったのが、本当のありのままの人生をそのままサラケだしているタイという仏教国に感動した。この世のなかに地獄もあれば天国もある、その事実を正直に見せてくれている。若者のあいだでタイが人気があるのが理解できた気がした。ここでは素直な自分を取り戻せる。
 その極貧の生活とは、電気も水道もトイレ設備も、およそ文化生活といえない代物だ。
 僕がタイという国に感動したのは、日本という国が捨ててきた何かが見え隠れするからだ。街中を歩いていても、人と触れ合っているときでも、タクシ−の中から眺める風景でも、昔のニッポンにも確かあった何かを感じる。その何かズ−ッと考えながら僕は旅を続けていった。夕暮れ時「ご飯だよ−っ」、そんな声が聞こえそうな錯覚をしながら。
 汚くて風呂に入ることもママならないようなアバラ家を様子を眺めながら、極貧の生活がどの様なモノなのか想像しながら、僕の憧れだったマレ−鉄道の旅が始まった。バンコクから離れるにしたがって、奇麗で真っ当な住宅が見えると同時に、エビの養殖池が見え始めてくる。エビが好きなニッポン向けのモノだろう。暗くて景色が見えなくなるころ、眩いかぎりの電球でギンギラギンに飾られた、不思議な光景を見た。それはこの世のものとは思えない不思議な光景で、まるで電脳世界というかデジタル模様を思わせた。
 そのうちに僕は眠ってしまったけど、気がつくとスラタ−ニ−に着いていた。スラタ−ニ−の駅も地面と同じ高さにホ−ムがあり、日本の駅に降り立つのとは違う感じで列車から落ちた。行き先を示す表示板とか案内表示の様式が違うので、つい戸惑ってしまうけどその異国情緒が不思議に面白い。でも駅らしき建物はバラックそのものだった。
 駅とおぼしき正面に小汚いレストランがあり、そこで迎えのバスを待っているように言われた、そのような気がしたので待っていることにした。旅出心細いのは相手が何を言っているのか想像で解釈するほかない状況で、見知らぬ国であれこれと想い巡らすことだ。不安感が何処からともなく沸き上がり、それに対してどの様に考えるのかが問題になる。それって日本ではどうってこともない問題なんだけど、外国では危険と結ぶつきかねない難問になることがある。いつも、不安には根拠が見つからない。
 人間は互いの意味を伝達できないとき、トンでもない危機と遭遇することがあるんだ。僕は日本人で相手がタイ人のとき、何気ない挨拶を交わしたとする。「おはようございます」「サワッ・ディ−ッ」と言うような挨拶を交わし、それぞれが別れる。その時に互いに交感する何かが生まれることがある。互いに相手に対して敵意を持ってないよという、さりげないサインを交換することで思いがけない展開もある。
 タイでタイ語を話せる日本人は得をすることが多い。片言でも必死になってタイの言葉で何かを伝えようとすると、彼らタイ人も親身になって相手になってくれる。外国においてその国の友達ができると、旅の楽しみは必ず倍増するし素敵な思い出も生まれてくる。その時は国の違いを越えた心情に触れる直観が大事になる。直観を信じる自分が重要だ。 見知らぬ土地でいちばん大事なモノは直観だ。咄嗟に閃く直観が助けになる。日本では平和なあまりそのような代物は必要ないが、外国では直観という感覚は一日に一回は必要になる。何しろ言葉が通じないし文字も読めないから、とっさの判断力は日頃馴染んでいた常識より、直観力に頼ったほうがその場の状況を判断できる。
 食べる、金を払う、何かを頼む、条件を伝える、どんな時にも相手の気持ちを察する能力が必要だ。だから目の表情がモノを言うことが多い。つまり自分がしてほしいことを相手てにもしてやると、ことのほか相手の目に感情が出てくる。ビ−ルが飲みたくてたまらない暑さの日、隣のテ−ブルでビ−ルを飲みたくても我慢してる人に、咄嗟にどうぞといえるくらいの直観でいい。ことのほかビ−ルは旨くなる。
 相手がこちらの好意に気がついてくれたとき、一気にその場の雰囲気が和やかになる。そうなると何でも尋ね放題になり分からなかった情報も手に入ってくる。