《エピソード》

  その頃の話だが。
盛岡在住のA先生夫妻を誘って登っていたエピソードである。

 4年前の6月のある日、A先生は山登りは初心者で私より3〜4歳年上。
尾根道はガスで視界が利かず風があるが大したことは無いとの判断、
A先生は中腹で早くもバテ気味、でも何とか山頂に到着。

同じルートで下山中にA先生強風の中、なんと動けなくなった登山者を発見。
風がだいぶ強くなってきたせいか、バランスを崩しそうになりながらも
引率していた私は気が付かなかった。

 栃木県から来た77歳の老女とお嫁さんと小三の男児の三人組でした。
あまりの強風で足がすくんで歩けないと訴え、尾根でビバークすると言う。
見ると装備は軽装、老女は足がガクガク震えている。
冗談じゃない、発達した低気圧が近づいているのに。

 それでなくても気温は下がってくるし雨が降ってきて顔に当たると
痛いくらいの強風、体力のない高齢者などビバークに耐えられるわけがない。
しかも明日はもっと天候が悪化するらしい。もう他に下山者は見あたらない、
立ち往生した3人と私達3人だけであった。

 そこで私と先生とで衰弱の目立つ老女の両脇を抱えながら下山する事に。
お嫁さんと小三の子供は元気で、なんとか自力で下山できた。
その老女は、歩けないけれどよくしゃべる人で、なかなかずっしり重い人だった。
やっとの事で8合目から下山させましたが2倍の時間を費やした(4時間半)。

 下山に時間を費やしたお陰で栃木の3人組は最終バスにも見放され、
結局A先生自慢の新車にズブ濡れのまま全員乗車。
あ〜新品の革張りのシートが‥ 彼は平然と、ずぶ濡れの人間を座らせた。
これが本当のホスピタリティなのだろう。A先生の広い心に感心。
栃木の3人は新花巻駅の新幹線も間に合わなくて、
始発の盛岡駅まで送ってあげたそうである。
栃木の人達は大層感謝していた様子。

 暫くして、地元新聞の投書欄に栃木から投稿があり、
この事が新聞に載り幾分照れ臭く思ったものだ。
すべてA先生の功徳だと思っている。

 大学に入った時から山に登り始め、
キャリアだけは30年を越えたが遭難寸前の人を救助したのは初めての経験。
ましてA先生はビギナー、その後の彼は山に「はまっている」様子。

 (世の中は結構狭いもの、いろいろ聞いてみればA先生、
本学の保存の教授池見先生とは同級生でしかも学生番号が隣同士との事)