〈物乞いの少年〉

  さて、キリマンジャロから下山し、アルーシャ市の4つ星ホテルに到着。ロビーには肖像写真が飾ってある、どうやら察するに、このホテル、国のお偉方が建てたもののようである。ヨーロッパ等の外国人を対象にしたホテルのようである。いわば地元の国際ホテルなのである。

  ゴルフ場併設の近代的ホテルで、我々は5Fの部屋なのだが、暑い(32〜33℃)のにも関わらず何故か、クーラーの設備が無い。窓を開けると乾いた風が部屋の中を通り過ぎていく、すると余り暑さが気にならなくなるのである。ハエなどの虫も見ない。悪くない、快適である。

  日本人の感覚では、どうという事のない普通のホテルなのだが、これまでの間、車窓から見て来た現地人の民家を思うと別世界であろう。現地人の生活と天地ほどの落差を漠然と感じつつ、どうと言うことのないこのホテルに泊まる自分にいささか居心地の悪さを覚える。 

  さほどまでに現地の人々の暮らしぶりは貧しく見える。ホテルの部屋で大きなメインザックを開け、もう不要になった非常食や予備食のキャンディなどを眺めると、今日マラングゲート近くで「ハングリー!ハングリー!」と言って寄ってきた物乞いの少年達を思い出し胸が痛む。そういうときに限って(サブザックに)何も持っていないのだ。

  痩せこけた彼らは、日々、一日一日を何とか過ごせるかどうかが問題なのだ。おそらく今を生きている「命」以外何も持っていないのではないか。何も持たないから守るべき執着がない、物に執着が無いから汚れが少ない。彼らの無垢な目の表情はそれを意味しているのか。

  生きる事だけが取りあえず最優先という最もプリミティブな欲求。彼らは明るく屈託がない、いまを生きていられる事の喜びを現しているのだろうか。思えば何も失う物の無い悲しい明るさなのかも知れない。

 どうすればいいのだろう、どうにもならない無力さを感じる。

 日本に帰ってからジックリ考えてみよう。

 〈入浴〉

  待ちかねた入浴である。砂漠の土埃でお湯が土色に濁る。シャンプーや石鹸を使っても、一度位ではキレイにならない。ついでに、着たきりのズボンと下着を洗濯する。バスルームから出ると日は暮れていて、開けてある窓からヒンヤリした風が入ってくる。クーラーが無い理由が理解できた。朝夕は寒いくらい涼しいのである。(ハエや蚊などの虫も見ない、乾期だから?)ここも赤道直下なのに。

 〈ナイロビへ〉

 4時起床。まだ暗い。洗濯物は乾いている。パッキング。

 5時、外からコーランの声が聞こえる。

 7時、出発。今日は帰国だ、うれしい。でも長い長い行程である、ここから日本は地球の裏側だから。車でまた延々と数百H走り、タンザニア.ケニア国境を越えナイロビ空港まで行くのである。

  道沿いの民家は一様に貧しい、ある意味平等ともいえる。時折、街で制服を着た通学中の子供を見かける。学校に行ける子供は恵まれている。街を少し離れると、同じ位の齢の少年が長い棒を持って山羊や牛の群を追っている姿を見るのだから。

  それにしても、アフリカでは道筋に人が多い。農夫(?)、遊牧民、商人、主婦、警官、生徒、兵士、乗合自動車を待つ人々、それ以外にも多分一日中ぶらぶらしている人達(失業者?)など。

 タンザニア.ケニア国境を越える。ケニア側の物売りは、すごくしつこい。生活がかかっているのだと思うと、つい同情してしまう。私には必要の無い物だが、素朴な首飾りを1$で買う。日本では自販機のジュース一本分である。これを売った彼の家族は今日一日は生活できる事だろう。私には、この位のことしかできない。(現地で$はミラクルマネーである)