〈ホロンボハットへ、未知の高所を体験する〉

  6時、起床。
昨夜からの雨は止んだようだが、まだ暗い。狭い二段ベッドの上で、ローソクとヘッドランプの光でシュラフなどをパッキングする。だんだん明るくなり、雲が切れて青空が少し見える。今日は好天が期待できそうだ。

  7時、別棟で朝食。アフリカに来てから気になる食べ物がある。卵だ。なぜか黄身が白いのである。今朝のスクランブルエッグも白い、不思議な卵だ、はたして鶏卵なのだろうか?でも、ちゃんと卵の味がするので黄身を除いたスクランブルエッグではないようだ。

  今日は、富士山位の高さまで登る予定なので高所順化の為に、水分を多く摂るようアドバイスされる。用意された紅茶を4杯飲むが、朝の目標の1.5Pにはほど遠い、もう充分という感じ。また、利尿剤(ダイアモックス)を服用する。3ドルの水を買う。

 歩き始めの15分は、いつも気分が乗らない、嫌々、渋々、歩く。私の場合、歩きながら少しづつ調子が出てくるような気がする。天気は晴れてきたが、登山道はヌルヌルの泥濘である。でも20分程で泥濘地帯を脱出。

  低木地帯に入る、ガス(霧)が出ている。びっしりと黄色い小さな花をつけるエリカの木や固有種のキリマンジェリカの佇まいが美しい。いかにもアフリカの植物といった印象のジャイアントセシオーネ?など植物の説明をガイドから聞く。この現地登山ガイドの名はディーダスは32歳、、植物の名前をラテン語で覚えている。要するに現地の人達はここまで登ってくることが無いので現地語の名前が無い植物が多いのだそうだ。それでラテン語名(要するに学名)が使われると言うことらしい。

 1時間もすると、ガスも切れ、低木で覆われた広大な丘陵地帯になる。下に雲海が見える、雲海の下は雨なのかも知れない。空気が乾燥してきた。上空には薄い高層雲があるが、時々、日が差す。

 ずーっと、変わりばえしない景色を眺めながら登り続けて、夕方前にはホロンボハット(3720m)に到着。南アの北岳(3192m)より高い山に登った事の無い私には未知の高所である。メンバーにそう言ったら、少しばかり白眼視される。彼らはモンブラン登頂やヒマラヤトレックやら中国奥地の高山を登ってきたベテラン連中である。

  一方の私は、ここ20年数年2000mより高い山には登っていない。エベレストサミッターの日本人ガイドは少し心配そうである。こればかりはどうしようも無い、自分なりに精一杯頑張るだけである。

 少し早めに着いたので高所順応トレーニングとしてトレックする。前鋭鋒のマウエンジ峰の山麓へ向かう。ゼブラロックと名付けられた4020mの峠まで行った。さすがに酸素の希薄さを感じる(息切れしやすい)が体のコンディションは好調である。この4000m地点での歴戦のメンバーは、と言うと「吐き気」や「頭痛」などの不調を訴える者まで出る始末。どうやら高所順応は個人差がかなり大きいようだ。 

  この峠で30分程休んで、体を低酸素に馴染ませる。若干、息切れしやすいものの、私にはヒンヤリしてとても気持ちのいい空気に感じられる。突然、ガスが切れて夕日に照らされたマウエンジ峰(5149m)の全容が見えてくる。凄い。圧倒的迫力だ!鋭く切り立った岩峰群は、人を寄せ付けない威圧感がある。

 キリマンジャロの大らかで、たおやかな峰と好対照である。鬼神マウエンジはさながらキリマンジャロの守護神といった風情である。

 山の天気は変わりやすい、姿を現しているうちに、急いでカメラを取り出しマウエンジの姿を何枚かフィルムに収めた。高所トレーニングが終わってホロンボハットに戻って眺めると、鬼神マウエンジはまたガスに隠れてしまっていた。左方を見ると近くの稜線の黒い影の上に、白いキリマンジャロの山頂だけが西日を浴びて輝いている。まだまだ遠い。帰ってきて、丁度夕食の準備が終わった所であった。

  いいタイミングだ。インゲン豆のスープ(旨い)を無理やり沢山飲む、そして、食後に紅茶を何杯も飲む、そして、またダイアモックスを服用する。パルスオキシメーターで88%、この高度では悪くない数値だ。相変わらず、体調は良い。