〈砂漠の道、キボハットへ〉

朝、5時半起床。今日はよく眠れた。

 まだ暗い、くっきりと星が見える。吐く息が白い。寒い、地面が凍って、霜柱がある。一面、霜で白くなっている。気温は-5℃を示している。ここは(3720m)、やはり富士山の高さである事を実感する。

 やがて、朝日が昇る。他の登山者達も動き始める。ヨーロッパ人が多い。長身のブロンド美人が雲海から上る朝日を眺めている、絵になる‥残念なことに望遠レンズは軽量化のために持ってこなかった。出発前に、例によって大量に紅茶を飲む、そして利尿剤(ダイアモックス)。また管理棟で係員から3ドルの水を買う。

 7時、ホロンボハットを出発。
凍った地面を歩く、澄んだ大気が冷たい。素晴らしく気持ちのいい空気である、朝日の暖かさがありがたい。エリカ、キリマンジェリカの灌木地帯を歩く、灌木の間には菊科のウスユキソウに似た花やアザミなどが咲いている。高地の寒さと乾燥に適応したのだろう。ちなみに高地の植物は、その厳しい環境に適応するために、以下の経過を辿るという〔順不明)。

1 水分の蒸散を防ぐため、風の影響を避けるため、
  寒気の影響を最小にするため と、限られた代謝と養分を効率的に
 使うための「小型化」

2 強い紫外線をさけるためと、水分の蒸散をを防ぎ、
  乾燥した風の影響を避ける ために葉を小さくして面積を少なくする
  「サボテン化」、この辺のアザミは葉が退化して棘だらけである。
  もっと高度の低い地区のはもう少し葉の部分がかった。

3 繁殖を確実にする為に「密生化」

4 乾期に耐えられるように「木化」。 日本の菊は一年ごとに枯れる多年草だが、ここのジャイアントセシオーネは巨大な菊科の木である。樹齢はおそらく数十 年以上であろう。


 「小型化、サボテン化、密生化、木化」これらの知識は全て同行者からの受け売りであるので、悪しからず。教養のある人からの思わぬ学習であった。高度が上がる度に植物の形態が、その通りに変化していった。生きた勉強になった。

 この灌木地帯でホトトギスのような美声の鳥がいた、雀ぐらいの大きさである。

 灌木地帯はすぐ通過し、草原地帯になる。昨日見たマウエンジが雄大に迫る、頂上には少しだが雪が見える。さすがに5000m級である。この辺りからは障害物が無くなり、やがて真っ正面にキリマンジャロの威容が見えてくる。大きなマウエンジが問題にならないほど巨大な山だ。キリマンジャロに続くトレールが遙か彼方まで見える。これを今日、これを踏破するのだ。まだ、かなり遠い。

 草原地帯を過ぎると、赤っぽい砂漠地帯が延々と続く。ここは標高4200m。砂漠を歩くのは初めての経験である。空気はそれなりに薄いのだろうが、傾斜が緩いので余り気にならない。平地と同じペースで歩ける様な気がする。空気は極度に乾燥している、風は強く、天気は晴れていて日差しが強い。歩いていると感じないが気温は低い。8〜10℃位、休んでいると寒い。ゴアテックスの雨具兼用の防寒ジャケットを着る。

  昼食は、朝、自分で握った、おにぎりがおいしい。朝食の残りのベーコンも持参したが正解である。黄身の白いゆで卵にも慣れた。今は食欲があるからいい。山では「食べる事」イコール「生存」なのである。だから食欲が無い時でも無理に食べるものなのだ、それが山のセオリーだ。

 残り物を狙ってカラスが数羽寄ってくる。アフリカのカラスは、日本のカラスよりもふたまわり程も大きい。しかし、全身真っ黒ではない、全体的には黒いのだが首に白いマフラーを巻いたような模様がある。とりあえず「白首カラス」と名付けた。鳴き声は、日本の嘴細(ハシボソ)ガラスより汚いダミ声である、それ以外はカラスそのものである。

 2700mを超えてからは、鳥以外の動物は見ていない。ホロンボハット(3700m)からは「ホトトギス?」と「白首カラス」以外の鳥は見ていない。ハゲワシでもいいから見たいものだ。ここ、4200mの砂漠で「ほ乳類」は、全く見ていない。4000m位までなら山羊の仲間なら生息できるかもしれない、それなりに植物もあるから。動物がいるのかも知れないが、見ていない。どう見ても大型の動物は生息できないのでは?餌になる物が乏しいと思うのだが。小型の齧歯類ならば可能性はあるかも?

  A.ヘミングウェーの小説にある「山頂付近の雪の上に豹の死骸があった」という、くだりは信じられない。その豹はきっと寄生虫か何かで頭が狂っていたに相違ない。

 高地の砂漠地帯が無生物かというと、そうでもない。虫の類は、ずーっと下から見ていないが、植物はしぶとく生息している。砂漠にもたまには降水があるらしく、水の流れたような痕跡が見られる。あるいは、山に降った雪が融けて流れた痕跡かも知れない。そんな痕跡の下には不透過性の岩盤か何かがあって、そうした理由があって水の流れた痕跡を残すのではないだろうか?だから、そんな場所には地下水脈があることが多いのではないかと推測する。水が直ぐ砂漠に浸透してしまうのならば水流の痕跡はできない。

  素人の推察はさておき、そうした水流の痕跡辺りに例の菊科のウスユキソウに似た物が直径30〜40B程度の丸いコロニーを作って散在している。細菌培養のコロニーの雰囲気である。水が無ければ植物は生育できない、やはり地下に水脈?コロニーは、可憐な乾いた黄色い花がブーケのようにみえる。

 こうして、砂漠の景観を楽しみながら延々と歩き続けキボハット(4700m)に到着。ここは、もうモンブランに近い高さである。周囲は、岩稜地帯である。現時点で高山病の徴候は見られない。少々くたびれただけで好調である。また、高所順化訓練に出かける、高度で約100〜120m登り、30分程休み低酸素に体をなじませる。そのままキボハットに戻る。

  ティータイムである。水分補給に無理して飲むが3杯がせいぜい。パルスオキシメーターで計測、78〜82%、まあまあだろうか。なにしろここは4700mだから。現地ガイドのディーダス氏がこの機械に興味を持ったので計測、88%と出る、すごい!平地との差が少ない。さすがに現地人は強い。